週報(主の御手)LORD'S HANDS

週報(主の御手)
LORD'S HANDS

25.12.28 人は死んだらどうなるか


 
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2025.12.28週報.pdf
 
「ルカ16:30-31 金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ。もし、死んだ者たちの中から、だれかが彼らのところに行けば、彼らは悔い改めるでしょう。』アブラハムは彼に言った。『モーセと預言者たちに耳を傾けないのなら、たとえ、だれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない。』」
 

金持ちとラザロのたとえ

 冒頭のみことばは、イエス様のたとえ話です。聖書の中で、人は死んだらどうなるのかを教えている箇所です。「ある金持ちが贅沢三昧に暮らしていましたが、彼の家の門前には、ラザロという皮膚病を患った乞食が寝ていました。やがて二人とも死を迎えました。ラザロは天国へ連れて行かれましたが、金持ちは地獄の火の中に入れられました。彼は苦しみながら、ラザロが助けに来るよう懇願しますが、天国と地獄の間には「大きな淵」があり渡れません。彼はせめて自分の兄弟たちがここに来ないように知らせてほしいと願いますが、生きている間に聖書を信じるほかには、救いの道はないと告げられました」。このたとえから、人が死ぬ時、霊は生き続けて天国か地獄のどちらかに行くことと、二つの場所は決して行ったり来たりできないことがわかります。
 

死後の運命を分けるもの

 聖書には、神を信じた者は「名が天に書き記されている(ルカ10:20)」とあります。このたとえでラザロは名前を呼ばれていることから、神を信じ神にすがって生きていたことがわかります。一方金持ちは、隣人をあわれむこともせず自己本位に生きていました。彼は聖書のことばを知っていたはずですが、従おうとしていませんでした。死後の運命を分けるのは、神への信仰であることが教えられています。
 

死の解決は聖書にある

 人の人生はさまざまで、生涯恵まれた人生を送る人もいれば、苦労の多い人生を送る人もいるでしょう。しかし、すべての人に平等に、必ず訪れるものは「死」です。これから逃れられる人は誰もいません。人は死を恐れ、日頃できるだけ目を背けて生きています。
 ところが、聖書は死の解決の方法を明確に教えています。それは、私たちの罪の身代わりとなって十字架で死んでくださったイエス・キリストを信じることです。信じる者は罪赦され、死から解放されて永遠のいのちを得ます。ですから、誰でもこの地上の生活を歩む中で一番大切なことは、聖書に書いてある神のことばを聞いて従うこと、信じることです。
 

聖書のことばを聞いて従う

 ですから、すべての人は、この地上に生きている間に聖書のことばに聞き従い、イエス・キリストを信じなければなりません。そして、すでに信じて救われた人は、救いの恵みに感謝しつつ、家族や知人、また世界中のすべての人々が、ともに天国に行けるように祈り、時がよくても悪くても、熱心にイエス・キリストを宣べ伝えなければなりません。そのために、まず自分自身が聖書のことばに聞き従い、主と同じあわれみの心をもって、周りの人々をありのままで愛して生きようとすることが大切です。
 今年の教会のテーマは「主を愛する」でした。神様の願いはすべての人が滅びることなく、永遠の命を持つことです。年が改まっても変わることなく、主と同じ気持ちで「心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして(申命記6:5)」主を信じ、主に従って歩んで参りましょう。(鈴木千史)
 


 

クリスマスコンサートCD・DVD作成奉仕感謝

 12月20日(土)には、クリスマスコンサート&メッセージが行われました。たくさんのゲストの方をお迎えして、主の福音をお伝えできましたことを神様に感謝します。
 先週はコンサートのCD・DVD作成のご奉仕が行われました。DVDの作業では、録画した映像をパソコンの編集ソフトに取り込み、音量のチェックや、チャプターをつけるなどして編集した後、データをDVDに書き込む作業が、数日にわたって念入りに行われていました。主にあるご奉仕を感謝します。

25.12.28 人は死んだらどうなるか
 


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「ルカ16:30-31 金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ。もし、死んだ者たちの中から、だれかが彼らのところに行けば、彼らは悔い改めるでしょう。』アブラハムは彼に言った。『モーセと預言者たちに耳を傾けないのなら、たとえ、だれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない。』」
 

金持ちとラザロのたとえ

 冒頭のみことばは、イエス様のたとえ話です。聖書の中で、人は死んだらどうなるのかを教えている箇所です。「ある金持ちが贅沢三昧に暮らしていましたが、彼の家の門前には、ラザロという皮膚病を患った乞食が寝ていました。やがて二人とも死を迎えました。ラザロは天国へ連れて行かれましたが、金持ちは地獄の火の中に入れられました。彼は苦しみながら、ラザロが助けに来るよう懇願しますが、天国と地獄の間には「大きな淵」があり渡れません。彼はせめて自分の兄弟たちがここに来ないように知らせてほしいと願いますが、生きている間に聖書を信じるほかには、救いの道はないと告げられました」。このたとえから、人が死ぬ時、霊は生き続けて天国か地獄のどちらかに行くことと、二つの場所は決して行ったり来たりできないことがわかります。
 

死後の運命を分けるもの

 聖書には、神を信じた者は「名が天に書き記されている(ルカ10:20)」とあります。このたとえでラザロは名前を呼ばれていることから、神を信じ神にすがって生きていたことがわかります。一方金持ちは、隣人をあわれむこともせず自己本位に生きていました。彼は聖書のことばを知っていたはずですが、従おうとしていませんでした。死後の運命を分けるのは、神への信仰であることが教えられています。
 

死の解決は聖書にある

 人の人生はさまざまで、生涯恵まれた人生を送る人もいれば、苦労の多い人生を送る人もいるでしょう。しかし、すべての人に平等に、必ず訪れるものは「死」です。これから逃れられる人は誰もいません。人は死を恐れ、日頃できるだけ目を背けて生きています。
 ところが、聖書は死の解決の方法を明確に教えています。それは、私たちの罪の身代わりとなって十字架で死んでくださったイエス・キリストを信じることです。信じる者は罪赦され、死から解放されて永遠のいのちを得ます。ですから、誰でもこの地上の生活を歩む中で一番大切なことは、聖書に書いてある神のことばを聞いて従うこと、信じることです。
 

聖書のことばを聞いて従う

 ですから、すべての人は、この地上に生きている間に聖書のことばに聞き従い、イエス・キリストを信じなければなりません。そして、すでに信じて救われた人は、救いの恵みに感謝しつつ、家族や知人、また世界中のすべての人々が、ともに天国に行けるように祈り、時がよくても悪くても、熱心にイエス・キリストを宣べ伝えなければなりません。そのために、まず自分自身が聖書のことばに聞き従い、主と同じあわれみの心をもって、周りの人々をありのままで愛して生きようとすることが大切です。
 今年の教会のテーマは「主を愛する」でした。神様の願いはすべての人が滅びることなく、永遠の命を持つことです。年が改まっても変わることなく、主と同じ気持ちで「心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして(申命記6:5)」主を信じ、主に従って歩んで参りましょう。(鈴木千史)
 


 

クリスマスコンサートCD・DVD作成奉仕感謝

 12月20日(土)には、クリスマスコンサート&メッセージが行われました。たくさんのゲストの方をお迎えして、主の福音をお伝えできましたことを神様に感謝します。
 先週はコンサートのCD・DVD作成のご奉仕が行われました。DVDの作業では、録画した映像をパソコンの編集ソフトに取り込み、音量のチェックや、チャプターをつけるなどして編集した後、データをDVDに書き込む作業が、数日にわたって念入りに行われていました。主にあるご奉仕を感謝します。