週報(主の御手)LORD'S HANDS

週報(主の御手)
LORD'S HANDS

26.7.26 必要なことは一つだけ


 
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2026.7.26 週報.pdf
 
「ルカ10:42 しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。』」
 

マリアとマルタ

イエス様がある村に入られたとき、マルタという女性が彼らを迎え入れました。マルタは、掃除をしたり料理をしたりと、主をもてなすために忙しく、心が落ち着きませんでしたが、妹のマリアは、主の足元に座って、主のことばに聞き入っていました。マルタは苛立って、「マリアに私の手伝いをするように、おっしゃってください」と主に文句を言いました。すると主は、「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。(ルカ10:41-42)」と彼女をたしなめられたのでした。
 このみことばを読む時、自分もまた、あれこれと忙しくしていて心が落ち着かない者、いつもなんとなく苛立っている者ではないかと思わされます。
 

必要なことは一つだけです

 イエス様が言われた、ただ一つの必要なこととは、主のみことばを聞くことです。仕事や勉強や家事において、あれこれとやるべきことがあるとき、私たちは、心にゆとりがなくなって、「期限に間に合うようにやってしまうことができるだろうか」と不安になったり、一つのことをしながら、ほかのことが気になって、集中できなくなることがありがちではないでしょうか。しかし、主のみことばは、「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。(ピリピ4:6)」です。煩うことをやめて、主に心を向けて主と会話をしようとするならば、主からの平安をいただくことができます。その平安の中で、私たちはするべきことに集中することができるのです。
 

そばに座ることが大切

 ところで、忙しい生活の中で、マリアのように座って主のことばを聞こうとする時、主はまた、「あなたの周りの人のためにそばに座ってあげなさい」と語られていることに気づかされます。私たちの日常生活は、多くは仕事に勉強に家事にと忙しく、「目の前にある用事を済ませてしまいたい」という思いでいっぱいで、自分を必要としている人のために、そばに座ってあげるゆとりを失いがちではないでしょうか。
 私もよく、家事などをしているときに「忙しくてとても座っていられない」と思うことがあります。しかしそんなときに、主のことばに耳を傾けるならば、主は、「あなたの家族のそばに座って、一緒に過ごしなさい」「必要としていることを手伝ってあげなさい」などと語られます。その声に聞き従うと、確かに平安が与えられて、さらに自分のことをする時間もちゃんと与えられます。「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。(マタイ6:33)」
 

良いほうを選ぼう

 イエス様は、「マリアはその良いほうを選びました」と言われました。人は放っておけば自分勝手な考えに向かってしまう愚かな者です。ですからいつも神様の導きが必要です。忙しくてゆとりのないときにこそ、主のそばに座って、主のことばに耳を傾けましょう。苛立つことをやめて、ただ主に信頼することを選びましょう。(鈴木千史)
 


 

平日奉仕感謝

 先週の火、土曜日は、リトリートハウスで、キャンプの準備のご奉仕がありました。プールを組み立てて、川から水を引き入れるための準備をしたり、駐車場に入りやすくするために、板を組んで入り口のスロープを調整する作業が行われていました。田んぼのフィールドはきれいに草が刈られました。
 また、水曜日は、第4教室のブラインドの清掃や、バザーの献品を整理する作業などが行われていました。主にあるご奉仕を感謝します。

26.7.26 必要なことは一つだけ
 


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「ルカ10:42 しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。』」
 

マリアとマルタ

イエス様がある村に入られたとき、マルタという女性が彼らを迎え入れました。マルタは、掃除をしたり料理をしたりと、主をもてなすために忙しく、心が落ち着きませんでしたが、妹のマリアは、主の足元に座って、主のことばに聞き入っていました。マルタは苛立って、「マリアに私の手伝いをするように、おっしゃってください」と主に文句を言いました。すると主は、「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。(ルカ10:41-42)」と彼女をたしなめられたのでした。
 このみことばを読む時、自分もまた、あれこれと忙しくしていて心が落ち着かない者、いつもなんとなく苛立っている者ではないかと思わされます。
 

必要なことは一つだけです

 イエス様が言われた、ただ一つの必要なこととは、主のみことばを聞くことです。仕事や勉強や家事において、あれこれとやるべきことがあるとき、私たちは、心にゆとりがなくなって、「期限に間に合うようにやってしまうことができるだろうか」と不安になったり、一つのことをしながら、ほかのことが気になって、集中できなくなることがありがちではないでしょうか。しかし、主のみことばは、「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。(ピリピ4:6)」です。煩うことをやめて、主に心を向けて主と会話をしようとするならば、主からの平安をいただくことができます。その平安の中で、私たちはするべきことに集中することができるのです。
 

そばに座ることが大切

 ところで、忙しい生活の中で、マリアのように座って主のことばを聞こうとする時、主はまた、「あなたの周りの人のためにそばに座ってあげなさい」と語られていることに気づかされます。私たちの日常生活は、多くは仕事に勉強に家事にと忙しく、「目の前にある用事を済ませてしまいたい」という思いでいっぱいで、自分を必要としている人のために、そばに座ってあげるゆとりを失いがちではないでしょうか。
 私もよく、家事などをしているときに「忙しくてとても座っていられない」と思うことがあります。しかしそんなときに、主のことばに耳を傾けるならば、主は、「あなたの家族のそばに座って、一緒に過ごしなさい」「必要としていることを手伝ってあげなさい」などと語られます。その声に聞き従うと、確かに平安が与えられて、さらに自分のことをする時間もちゃんと与えられます。「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。(マタイ6:33)」
 

良いほうを選ぼう

 イエス様は、「マリアはその良いほうを選びました」と言われました。人は放っておけば自分勝手な考えに向かってしまう愚かな者です。ですからいつも神様の導きが必要です。忙しくてゆとりのないときにこそ、主のそばに座って、主のことばに耳を傾けましょう。苛立つことをやめて、ただ主に信頼することを選びましょう。(鈴木千史)
 


 

平日奉仕感謝

 先週の火、土曜日は、リトリートハウスで、キャンプの準備のご奉仕がありました。プールを組み立てて、川から水を引き入れるための準備をしたり、駐車場に入りやすくするために、板を組んで入り口のスロープを調整する作業が行われていました。田んぼのフィールドはきれいに草が刈られました。
 また、水曜日は、第4教室のブラインドの清掃や、バザーの献品を整理する作業などが行われていました。主にあるご奉仕を感謝します。