週報(主の御手)LORD'S HANDS

週報(主の御手)
LORD'S HANDS

26.9.27 皆のしもべになりなさい


 
↓こちらをクリックすると週報全文を閲覧できます。
2026.9.27 週報.pdf
 
「マタイ20:27-28 あなたがたの間で先頭に立ちたいと思う者は、皆のしもべになりなさい。人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのと、同じようにしなさい。』」
 

クリスチャンは神のしもべ

 イエス様は、弟子たちに、「あなたがたの間で先頭に立ちたいと思う者は、皆のしもべになりなさい。」と言われました。
 私たちは、救われて、神の子どもとされました。父と子の関係をいただきました。イエス・キリストを信じる人のことをクリスチャンと呼びますが、クリスチャンは、「キリストに従う者」という意味です。信じた私たちクリスチャンは、これまでの自分中心の生き方から、神様中心の生き方、神のことばに聞き従う生き方へと変えられました。それは、主人としもべの関係です。私たちは、神のしもべです。しもべは、主人の言うことを何でも行います。「これをしなさい」と言われれば、すぐに行動します。「それはやめなさい」と言われれば、「はい、わかりました。やめます。」と言って、主人に従います。
 

イエス様は仕えるために来られた

 イエス様は、「皆のしもべになりなさい。」と命じられましたが、それは、イエス様がなされたのと「同じようにしなさい」ということでした。
 イエス様がこの地上に来られた目的は、仕えられるためではなく、仕えるためでした。すべての人の罪の身代わりとなるために、つまり、死なれるために来られました。それは、その死が、私たちの罪のあがないの代価となって、私たちが罪から救われて、永遠のいのちが与えられるためでした。イエス様は、ご自分のいのちを犠牲にしてまで、私たちにいのちを与えてくださる、その愛を持って仕えてくださいました。また、イエス様は、この地上において、神の国について教えられ、神の働き、数々の奇跡をなされました。
 イエス様は、私たちに仕えるために来てくださいました。イエス様が私たちに仕えてくださったのと「同じように」、私たちもまた、神のしもべとして、神に仕え、人に仕えていかなくてはなりません。
 

仕えるとは主に従うこと

 私たちが主に仕えることは、主に従うことです。
 イエス様は、神の壮大な救いのご計画が実現するために、どこまでも従順であられました。イエス様のしもべの姿、仕える姿は、私たちの模範です。
 イエス様は、「子は、父がしておられることを見て行う以外には、自分から何も行うことはできません。すべて父がなさることを、子も同様に行うのです。(ヨハネ5:19)」と言われました。イエス様は、ご自分がしたいことをなされたのではなくて、ただ、父のみこころに従われました。
 私たちもまた、イエス様がなされたように、神に仕え、また人に仕えてまいりましょう。
 

主に従う道は祝福の道

 主に従う道は、祝福の道です。聖書の中には、主に仕え、従い通した人、その信仰がほめられた人がたくさん出てきます。ノア、アブラハム、モーセ、ヨシュア、ダビデなど、挙げればきりがありませんが、私たちも、アブラハムの子孫として、祝福を受け継ぐ者とされました。主に仕えて生きる人生は、こんなにも祝福に満ちたものであるということを経験し、また、それを証ししてまいりましょう。(岩下 栄作)
 


 

バザーの恵みを主に感謝!

 先週の月曜日は、バザーが行われました。
 久しぶりの開催でしたが、465名の方がお越しくださいました。主に感謝します。
 台風の心配がありましたが、天候も守られました。
 また、多くの兄弟姉妹たちのご奉仕によって、値付けや食品の準備、前日の設営、当日の片付けなどが行われました。主に感謝します。
 すべてのことが守られて、祝福されたことを、主に感謝します。

26.9.27 皆のしもべになりなさい
 


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「マタイ20:27-28 あなたがたの間で先頭に立ちたいと思う者は、皆のしもべになりなさい。人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのと、同じようにしなさい。』」
 

クリスチャンは神のしもべ

 イエス様は、弟子たちに、「あなたがたの間で先頭に立ちたいと思う者は、皆のしもべになりなさい。」と言われました。
 私たちは、救われて、神の子どもとされました。父と子の関係をいただきました。イエス・キリストを信じる人のことをクリスチャンと呼びますが、クリスチャンは、「キリストに従う者」という意味です。信じた私たちクリスチャンは、これまでの自分中心の生き方から、神様中心の生き方、神のことばに聞き従う生き方へと変えられました。それは、主人としもべの関係です。私たちは、神のしもべです。しもべは、主人の言うことを何でも行います。「これをしなさい」と言われれば、すぐに行動します。「それはやめなさい」と言われれば、「はい、わかりました。やめます。」と言って、主人に従います。
 

イエス様は仕えるために来られた

 イエス様は、「皆のしもべになりなさい。」と命じられましたが、それは、イエス様がなされたのと「同じようにしなさい」ということでした。
 イエス様がこの地上に来られた目的は、仕えられるためではなく、仕えるためでした。すべての人の罪の身代わりとなるために、つまり、死なれるために来られました。それは、その死が、私たちの罪のあがないの代価となって、私たちが罪から救われて、永遠のいのちが与えられるためでした。イエス様は、ご自分のいのちを犠牲にしてまで、私たちにいのちを与えてくださる、その愛を持って仕えてくださいました。また、イエス様は、この地上において、神の国について教えられ、神の働き、数々の奇跡をなされました。
 イエス様は、私たちに仕えるために来てくださいました。イエス様が私たちに仕えてくださったのと「同じように」、私たちもまた、神のしもべとして、神に仕え、人に仕えていかなくてはなりません。
 

仕えるとは主に従うこと

 私たちが主に仕えることは、主に従うことです。
 イエス様は、神の壮大な救いのご計画が実現するために、どこまでも従順であられました。イエス様のしもべの姿、仕える姿は、私たちの模範です。
 イエス様は、「子は、父がしておられることを見て行う以外には、自分から何も行うことはできません。すべて父がなさることを、子も同様に行うのです。(ヨハネ5:19)」と言われました。イエス様は、ご自分がしたいことをなされたのではなくて、ただ、父のみこころに従われました。
 私たちもまた、イエス様がなされたように、神に仕え、また人に仕えてまいりましょう。
 

主に従う道は祝福の道

 主に従う道は、祝福の道です。聖書の中には、主に仕え、従い通した人、その信仰がほめられた人がたくさん出てきます。ノア、アブラハム、モーセ、ヨシュア、ダビデなど、挙げればきりがありませんが、私たちも、アブラハムの子孫として、祝福を受け継ぐ者とされました。主に仕えて生きる人生は、こんなにも祝福に満ちたものであるということを経験し、また、それを証ししてまいりましょう。(岩下 栄作)
 


 

バザーの恵みを主に感謝!

 先週の月曜日は、バザーが行われました。
 久しぶりの開催でしたが、465名の方がお越しくださいました。主に感謝します。
 台風の心配がありましたが、天候も守られました。
 また、多くの兄弟姉妹たちのご奉仕によって、値付けや食品の準備、前日の設営、当日の片付けなどが行われました。主に感謝します。
 すべてのことが守られて、祝福されたことを、主に感謝します。