26.5.31 声をかけてくださる神
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2026.5.31 週報.pdf
「ヨハネ10:27 わたしの羊たちはわたしの声を聞き分けます。」
声が出ない
今月初めにかぜをひき、かぜの症状は癒やされましたが、どういうわけか咳だけが残ってしまいました。咳が出始めると止まらなくなってしまうので、その都度、癒やされるように祈り、また、すべては主のご支配のもとで起こっていることですから感謝して祈っていましたが、治ったかと思うと、また咳が込み上げて来てしまい、そのうちに、だんだんと声が出なくなってしまいました。出会う人に、「声どうしたの?」とか、「長引くね」と言われて、「咳が止まらなくてね」と説明したいのですが、声が出ないと、話をするのも億劫になり、つい対応が雑になってしまいます。電話したくても相手がどう思うかと考えると躊躇してしまいます。声が出ないとこんなに困るんだと痛感しました。
そして、「声は人とのコミュニケーションのために、神様が与えてくださった重要なものなんだな」と考えさせられました。
声をかけてくださる神
聖書の中で、神は人に声をかけてくださっておられます。神は、民の指導者モーセに柴の茂みから声をかけ、召してくださいましたし、預言者エリヤが意気消沈していた時には、かすかな細い声で励まされたこともありました。弱さゆえに隠れていたギデオンには、「力ある勇士よ」と語られましたし、試みを受けて苦しみの中にいたヨブには、嵐の中から威厳をもって語られました。神はそのほか多くの預言者や、神を信じる人に、それぞれ声をかけてくださいました。彼らは、神の声を聞いて励まされ、悔い改め、また奮い立たされて、神の働きのために大きく用いられていきました。
神が声をかけてくださった
そして、神は今も変わらず信じる者とともにおられ、声をかけてくださり、励まし、用いてくださいます。私たちが神に求める時、神は応答してくださいます。
先週、私は声が出ない中で、神様に必死に助けを求めて祈りました。間もなく祈祷会のご奉仕があったからです。声が出なかったらメッセージも賛美もできませんから焦りました。ほかにもいくつかの心配事が重なって平安がなく、どうしようもない思いになっていました。その祈りの中で、神様は「天にも地にも、わたしは満ちているではないか。(エレミヤ23:24)」と声をかけてくださいました。それは準備していた祈祷会メッセージのみことばでした。「ああそうだ、神様はすべて支配されていて、私のこの悩みをご存じであられるのだ」と気づかされ、心が軽くなりました。そして、神がこの声が出ない状況をも支配しておられることを感謝して、落ち着いて準備を進めることができました。祈祷会の当日も平安のうちにご奉仕を捧げることができました。
神はみことばによって語ってくださる
イエス様は、「わたしの羊たちはわたしの声を聞き分けます。」と語られました。私たちの心には自分なりの思いや願いがありますが、神に求めようとするとき、神はいつも聖書のみことばで語ってくださいます。ですから神が語っておられるかどうかはっきりとわかります。信じる者は困難の中でも、神が語られる声を聞いて平安に歩むことができます。神の声を聞き分られるように、日頃から主に求めて祈り、また聖書のみことばに親しんで参りましょう。(鈴木千史)
平日奉仕感謝
また水曜日はパソコン周辺機器の清掃と、草取りが行われていました。キーボードやマウスに長年溜まったホコリや汚れが取り除かれて、気持ちよく使えるようになりました。
草取りでは、本館とプレヤーハウス間のスペースと、教会の駐車場に多く生えていた草がすっかりなくなりきれいになりました。ご奉仕を主に感謝します。
26.5.31 声をかけてくださる神
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「ヨハネ10:27 わたしの羊たちはわたしの声を聞き分けます。」
声が出ない
今月初めにかぜをひき、かぜの症状は癒やされましたが、どういうわけか咳だけが残ってしまいました。咳が出始めると止まらなくなってしまうので、その都度、癒やされるように祈り、また、すべては主のご支配のもとで起こっていることですから感謝して祈っていましたが、治ったかと思うと、また咳が込み上げて来てしまい、そのうちに、だんだんと声が出なくなってしまいました。出会う人に、「声どうしたの?」とか、「長引くね」と言われて、「咳が止まらなくてね」と説明したいのですが、声が出ないと、話をするのも億劫になり、つい対応が雑になってしまいます。電話したくても相手がどう思うかと考えると躊躇してしまいます。声が出ないとこんなに困るんだと痛感しました。
そして、「声は人とのコミュニケーションのために、神様が与えてくださった重要なものなんだな」と考えさせられました。
声をかけてくださる神
聖書の中で、神は人に声をかけてくださっておられます。神は、民の指導者モーセに柴の茂みから声をかけ、召してくださいましたし、預言者エリヤが意気消沈していた時には、かすかな細い声で励まされたこともありました。弱さゆえに隠れていたギデオンには、「力ある勇士よ」と語られましたし、試みを受けて苦しみの中にいたヨブには、嵐の中から威厳をもって語られました。神はそのほか多くの預言者や、神を信じる人に、それぞれ声をかけてくださいました。彼らは、神の声を聞いて励まされ、悔い改め、また奮い立たされて、神の働きのために大きく用いられていきました。
神が声をかけてくださった
そして、神は今も変わらず信じる者とともにおられ、声をかけてくださり、励まし、用いてくださいます。私たちが神に求める時、神は応答してくださいます。
先週、私は声が出ない中で、神様に必死に助けを求めて祈りました。間もなく祈祷会のご奉仕があったからです。声が出なかったらメッセージも賛美もできませんから焦りました。ほかにもいくつかの心配事が重なって平安がなく、どうしようもない思いになっていました。その祈りの中で、神様は「天にも地にも、わたしは満ちているではないか。(エレミヤ23:24)」と声をかけてくださいました。それは準備していた祈祷会メッセージのみことばでした。「ああそうだ、神様はすべて支配されていて、私のこの悩みをご存じであられるのだ」と気づかされ、心が軽くなりました。そして、神がこの声が出ない状況をも支配しておられることを感謝して、落ち着いて準備を進めることができました。祈祷会の当日も平安のうちにご奉仕を捧げることができました。
神はみことばによって語ってくださる
イエス様は、「わたしの羊たちはわたしの声を聞き分けます。」と語られました。私たちの心には自分なりの思いや願いがありますが、神に求めようとするとき、神はいつも聖書のみことばで語ってくださいます。ですから神が語っておられるかどうかはっきりとわかります。信じる者は困難の中でも、神が語られる声を聞いて平安に歩むことができます。神の声を聞き分られるように、日頃から主に求めて祈り、また聖書のみことばに親しんで参りましょう。(鈴木千史)
平日奉仕感謝
先週火曜日のご奉仕は、礼拝CDのデータの取り込みが行われていました。礼拝メッセージのデータをサーバに保存する作業です。
また水曜日はパソコン周辺機器の清掃と、草取りが行われていました。キーボードやマウスに長年溜まったホコリや汚れが取り除かれて、気持ちよく使えるようになりました。
草取りでは、本館とプレヤーハウス間のスペースと、教会の駐車場に多く生えていた草がすっかりなくなりきれいになりました。ご奉仕を主に感謝します。